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『新編武蔵風土記稿』
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八幡社 根方の西北の方山上にあり,本社四間に六間,前に石段あり,相伝ふ,当社は本門寺の開基池上右衛門太夫宗仲が家舗の内に立る鎮守の社にて,其後本門境内本堂影堂の傍にありしかと,今の伽藍御建立の時此地へ遷されしとぞ,其頃村民伝左衛門が先祖綱嶋左近と云しもの崇信して,当社を造営せしと云,林昌寺持,

昌平坂学問所地理局 「新編武蔵風土記稿」

「根方の西北の方山上にあり」の根方(ねがた)とは,現在の仲池上1丁目付近を指します。「四間に六間」は,およそ7.2米×10.8米。裾野道(現・ねがた桜みち)から石段を登ったところに社殿が鎮座されています。

「相伝では,本門寺を開いた池上宗仲の屋敷内に創建。その後,本門境内本堂影堂の近くに遷座。本門寺の伽藍(僧侶が集まり修行する場)を立て替えに伴い,現在の地に遷宮されました。当時の村民,綱嶋伝左衛門が先祖である綱嶋左近の言葉を崇信して,当社を造営したと言われています。神仏混淆期は子安八幡神社に隣接する日蓮宗(法華宗)の林昌寺が,別当として奉仕していました。

<参考資料>

  • 大田区史編さん委員会編(1977) 『大田区史』(資料編 地誌類抄録) 東京都大田区.
  • 幕府昌平黌地誌編纂局編(1817) 『新編武蔵風土記稿(巻之四十五) 荏原群之七 馬込領』 昌平坂学問所地理局.

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